大学のころの遺伝子工学での授業の思い出。その授業の教授は食品遺伝子工学の分野では有名な教授だったらしいが、すごく違和感のあった授業だった。なぜか、それは先生が遺伝子組換え食品は安全だということを前提にいいことばかりしか言わなかったからです。確かに、深い研究を進めている教授にとっては確信をもって組換え食品が安全と言えるのかもしれなかったが、学生時分の私にとってはそれを無条件に受け入れるだけの知識は持っていなかった。そして何よりも自分にとって都合のいいことばかりを言っている気がした。


 つい最近、農水省・農林水産技術会議の「「遺伝子組み換え農作物等の研究開発の進め方に関する検討会」が中間報告をまとめた。遺伝子組換え技術を含むゲノムの利用については「イノベーション25の中間とりまとめ」や「国産バイオ燃料の大幅な生産拡大」「21世紀新農政2007」などにおいて、環境・エネルギー・食糧問題に対応するための有効な手法として位置づけられていることなどから、当研究会は立ち上げられた。(→イノベーション25戦略会議の関連記事:中国の研究開発費が日本を抜いた


 遺伝子組換え食品はかなり一般的なものになっている。間接的なものを含めればすでに多くの日本人の口の中に入っている。遺伝子組換えの技術を食品に利用すれば、例えば除草剤体制・害虫抵抗性のある農作物を作ることによって農薬の使用量が大幅に減ったり、あるいは厳しい環境下でも通常より多くの栄養素を含む農作物が多量に採れるようになるといったメリットがある。しかし同時に、周囲環境に対する影響や体内に取り込んだ際の影響などはまだ解明されていない。(組換え食品は安全であろうという合意はなされていない。)また、別の問題として遺伝子組換え食品であることを消費者に対して伝えるルールもまだ十分とはいえない。こうした現状で、消費者は遺伝子組換え食品を食べる食べないを自分で判断し選択をすることができない。


 理系の地位を向上させる会の「理系人への提言」でも挙げているが、研究者は自分たちの殻に閉じこもるのではなく、世間一般に対して自らの知っている情報も裏も表もわかりやすく説明する必要があると思う。提供することによって、実際に持っている技術なりが世間で認知・議論されることより世間一般に有用な技術に昇華されるようになるからだ。上記レポートでも最後に配慮すべき事項として1.国民理解と双方向コミュニケーション 2.研究サイドからの分かりやすい情報発信の取組み(下記に抜粋あり)の2つを挙げている。


2.研究サイドからの分かりやすい情報発信の取組み
 国民に遺伝子組換え技術のメリット・デメリットを隠さずにデメリットの克服策を含めて正確な情報を伝えることが肝要である。
 そのためには、社会と科学の接点を持ち科学的知見に基づき、国民に分かりやすく説明する役割を担うサイエンスコミュニケーターの育成が重要である。
 また、個々の研究者にあっても、研究の側で閉じた活動を行うのではなく、研究活動の一環として自らが積極的に国民への情報発信や対話に取り組む意識改革が求められる。
 いわゆる国民の「理科離れ」が懸念されている中で、バイオテクノロジー教育の充実が重要となる。
 研究者サイドから国民への対話を効果的に行うためには、コミュニケーション技術のトレーニングやマスコミに対するタイムリーで分かりやすい情報提供等に積極的に取り組むことが不可欠である。

(「遺伝子組換え農作物等の研究開発の進め方に関する検討会」中間とりまとめ(案)より)


 冒頭の授業は組換え食品は安全だというレポートを出して優をもらった。日本の優秀な技術者には、一方的な押し付けではなく分かりやすく情報を提供し国民が判断できるような状況を作り出していってほしい。

 体育の授業と理科の授業は似ていると思う。たとえば野球のルールや理論、投手と打者の心理、バットの振り方と打球の飛距離の関係をいくら勉強したところで実際の野球はうまくならない。だからといって、紅白戦ばかりやっても上達のスピードには限界がある。要は理論と実践、両方が必要なのである。


 理科も同じはずだ。教科書で星座を学ぶより、実際の夜空を星座早見盤をもって眺めたほうがずっと面白いし、勉強になるはずである。ミジンコの拡大写真を見るよりも実際に顕微鏡を使って実際に眺めたほうがずっと刺激的なはずだ。でも、先生にとってそんな授業は準備などでずっと大変だし、知識も要求される。だって、夜空から北極星を探すことができなかったら、生徒になんて言われるか分からない。


 日本学術会議が理系教育の水準を高めるための提言をまとめたとの記事があった。(→Nikkei Net:小学校高学年、理科専門の先生を)教師の科学的素養が低いことが理系教育の水準の低さの原因であると謳っている。以前、理系.info:教育の機会と先生の質でも取り上げたが、非常に重要な問題として解決しなければいけないと思う。


 これからの知識・情報化社会の中で理系的素養は重要な意味を持ってくる。基礎教育としての学校での算数・理科教育はさらに重要性を持ってくるだろう。ただ、実際には教員試験の倍率は低下し入り口段階での質の確保が難しくなると同時に、理系的素養のある先生も減ってきている。(→理系.info:先生は物理嫌い?)入り口およびその前後、すべてのプロセスで先生の質を高めるための活動が必要なのだろう。是非、文部科学省などは真剣に検討をしてほしい


最後に提言の要旨を

要 旨
1 作成の背景
・ 若者の科学的能力の低下及び理数科学習への意欲衰退の背景には、教育課程における教育内容の削減や授業時数減少の問題と共に、教師の科学的教養の低下の問題があり、教師の科学的教養を今後一層高めることが根本的な課題の一つとなっている。

・ 知識社会に対応する教育を行うためには、高度で複合的な科学的教養を生徒に獲得させる教師の養成及びその資質を持った教師の採用と、さらなる資質と能力の向上を導く研修制度の構築が不可欠である。日本学術会議は、科学教育に関わる教員養成及び現職研修に関する政策提言を喫緊の課題と認識している。

2 現状及び問題点
・ 教員養成制度の改革を国際的に見ると、高学歴化や専門資格認定制度により専門職化を図る欧米諸国に比べて、日本の専門職化政策は大幅に立ち遅れている。日本の教師の質の高さをこれまで支えてきた採用時における競争率の高さは急落しつつあり、教師の社会的地位や賃金水準も低下しつつある。

・ 専門職化のために文部科学省において検討されている教職大学院は、一部の教育系大学を中心に構想されており、国公私立いずれの大学においても実施可能な方策とはなりえていない。今後、教職課程認定を受けているいずれの大学においても実施可能な改革として、教師の科学的教養を育成する施策と制度を体系的に検討する必要がある。

・ 同様に、教員免許更新制度に関しても、教師の「実践的指導力」の基盤となる教師の科学的教養を高め、教育の専門家としての卓越性を育てる体系的なビジョンに基づいて運用される必要がある。

3 教師の科学的教養を育成するための提言
本要望では、教師の「科学的教養」を広く捉え、「科学の専門的知識を実践の臨床知へと翻案し科学的コミュニケーションを図る能力を有すること」と規定し、その専門的教養知を育成する必要性を論じた。そして現状と問題点を踏まえ、具体的短期的な政策とともに、長期的政策の提言を行った。

(1)短期的政策課題への提言
① 小学校高学年からの理科専科教員の導入
② 教員採用試験における専修免許状取得者の積極的採用
③ 小学校二種免許状取得者の一種免許状取得の奨励(義務化)
④ 中学校・高等学校教員免許取得の課程認定における1学部(学科)1科目認定制度の弾力化
⑤ 理系学生の教職科目の「実習・実験」に必修実験単位の振替を認可
⑥ 現職教師の科学的教養を高める研修内容の導入
⑦ 大学院における副専攻制度等による教職教養の高度化
⑧ 高次の科学的教養と教職専門の教養を実践と知識の両面から評価する教職専門性基準の作成

(2)長期的な教師教育政策への提言
① 教員養成を学部レベルの教育から大学院レベルの教育に移行する改革の実施
② 大学院修了者の積極的な採用と活用システムの構築
③ 自然科学系大学院における科学的コミュニケーション能力育成のためのカリキュラムの検討
④ 大学院において現職教師が体系的に研修できる制度の構築
⑤ 科学的教養を備えた教師が採用される教員採用試験の実施
⑥ 小学校教員養成大学入試科目での理科系科目の必須化

(3)今後の検討課題
本要望は、若者の科学力育成に向けての最優先課題として自然科学を中心とする理数系科目の教員養成と研修制度の提言を行っているが、今後併せて、人文・社会科学をも含めた広義の科学的教養を育成するための具体的な教育政策の在り方等を継続的に検討していく必要がある課題として指摘した。

これからの教師の科学的教養と教員養成の在り方について 日本学術会議より

 理系の地位を向上させる活動を始めてかれこれ2年ぐらいになります。それまで、友人や仕事関係で知り合った方にはこの活動を積極的に宣伝しています。みなの反応をまとめてみると大体の傾向がつかめてきます。

 大きく分けると3つに大別されます。

  1. いや理系の地位は高いことはあっても低いことはないよ、という意見

  2.  文系の人の8割ぐらいがこのカテゴリに入る気がします。一般的なものの見方ですが文系から見ると、理系は専門知識を持っているというイメージが強く(実際そうですが)、また、労働時間も少ないため、このような意見になるのでしょうか。また、私が過去に金融機関に勤めていた関係で、その方面−特に外資系金融−の人たちからは実際に地位も給与もかなり高いという考えの人が多かったです。全体の約6割がこの層です。

  3. 低いと思うけど敢えて活動するほどじゃないよ、という意見

  4.  イメージとしては研究職や技術者のコメントに多い気がします。全体では2〜3割ぐらいでしょうか。特に大手メーカーに勤務している人たちはほとんどがこの層な気がします。また、理系の人は口下手で、それはビジネスマンとしての必須の能力だから仕方無いんじゃないのかという意見も多く聞かれます。

  5. もっともだ。もっと積極的に活動していくべきだ、という意見

  6.  この人たちは全体の1〜2割ぐらいかと思います。理系の地位を向上させる会としては寂しい限りです。この層で特徴的なのは学部生や社会人になりたての人はあまりいないということです。この層にはSI,SE,PGのIT系の職種の方が多かったです。社会に出た後の社会生活での疲弊がそのまま意識となって現れているようです。


 私なりの分析ですが、

  • メーカー技術者はほとんど転職・転勤がなく、一般社会に対する知見が相対的に低い。ただ残業が少なく、院卒だと給与が意外に高いなど恵まれている部分もあるため、不満がおこりにくい。

  • SI/SE/PGは仕事に対する不満から理系の地位が低いという主張に結びついている。上流のコンサルに対してのあいまいな(あえて言えば文系的な)要件定義への不満と長時間労働に対しての賃金の低さの不満があるようです。余談ですが、最近この職種の人の大学の文理比率は1:1ぐらいのようです。

  • 製造業の現場の実際を見ていて実感する部分としては若手の技術者の採用が近年途絶えていることやリストラ等もあって付加価値のある仕事をできていない環境にあるのかと思っています。事務的な仕事内容が多くなり、このことが理系特有の価値に対する評価を求めづらい環境になりつつあるのかと感じています。


 理系の地位を向上させるべきだという意見は、世の中的にはまだまだ少数意見のようです。ただ、思ったより「理系の地位向上」というスタンスではなくてもやっていることが実際には理系の地位向上に結びついているという方は多く、その点は心強かったです。その方たちの多くが今後の日本を変えていきたいという意思を持っていて、協働して活動は進めていきたいと考えています。


 そんな中でも理系(理工系)の地位を向上させるための会は存在します。理工系の地位向上の会さんはそんな仲間のひとつです。このような会が日本中に広まり、活動の輪が広がっていけばよいですね。私もその力になります。(インターネット上で検索すると理系の地位向上を目的に活動している会は「理系.info」以外には「理工系地位向上の会」さんしかないみたいです。理工系の地位向上の会さんのポータルはコチラ

 先日、六本木の温泉施設で塩素系ガスが発生して従業員が軽傷を負うという事件が発生した。(→YOMIURI ONLINE:六本木の人気温泉施設で塩素ガス、清掃作業員8人軽傷)詳しいことは良く分からないがおそらく、家庭用の洗剤でたまに事件の起こる「混ぜるな危険!」の配合をやってしまったのだと思う。


 この件に関わらず一般的な話として、洗剤と洗剤を混ぜ合わせて事故がおきるなんて話を聞きますが、薬品の恐ろしさを知らない人が増えているのかもしれない。小学校の時に塩酸や水酸化ナトリウム水溶液を”危ない”といわれながら扱った気がするが、そんなことが少なくなってきているのだとしたら憂慮すべきだと思う。塩素ガスは本当に危険だ。人類初の化学兵器としても使われた。近づいたらいけない。という知識が身についていない(まさに言葉通り”身”に”付いて”いない)のかもしれない。


 最近、巷ではやっているノロウイルスも塩素系消毒薬と熱湯に弱いと報道されていますが、だからといって塩素系消毒薬を火にかけて熱してから嘔吐のあった場所にかけるということは科学を知っている人だったら絶対に考えない。まず、効果がなくなるか、ヤバいガスが出てきそうだと思うからだ。別にほとんどの人が塩素系漂白剤に次亜塩素酸ナトリウムなんて、酸性なのかアルカリ性なのかよく分からない成分が入っているなんて知らないし、熱したときどんな化学反応を起こすかなんてことは知らないと思う。ただ、なんとなくそう思うという科学的センスなのだ。これは、ベースにある程度の知識がないと培われない。といってもそんなたいしたものではなく、中高の化学の授業の範疇を超えるわけではない。


 よく理科や数学は社会に出てから役に立たないから学んでも意味が無いなんて言われるが、そんなことはない。科学を少しでも知っていれば塩素○○という成分が入っている液体から黄緑色の気体が出てきたらヤバいのである。逃げるしかないことに気づくはずなのである。そして、水晶をなでると命が延びるなんて科学的根拠が薄い話に対して、最初から思い込むのではなく一度は深く疑ってみるという姿勢が身につくはずなのであると思うのだが。。。


【科学メモ】

  • ちなみに”混ぜるな危険!”の化学反応式は
    NaOCl+2HCl→Cl↑+HO+NaCl
    です。

 北極といえば、何を思い出すだろう。氷、シロクマ、アザラシ、白夜・・・。


 その北極の氷が温暖化によって2040年に消えるという驚くべき試算が米国立大気研究センター(NCAR)などのチームによって発表されたそうです。(→中日新聞:北極の氷、2040年消滅 米チーム試算、30年早まる)もちろん、氷が無くなればその上に住んでいるシロクマも生きていけなくなるでしょう。


 もう一度、記事を読んでみてください。2040年です。今から三十数年後です。自分の年齢に30を足した時、もうその年齢の時には北極から氷が消えているかもしれないのです。そして北極の氷が消滅することによる海流の変化等が漁業や気象にどう影響を及ぼすのかは今ほとんど予測できていません。


 いたずらに危機感を煽りたいのではありません。こうした状況を解決するためには京都議定書といった枠組みの中での加盟国間の努力も必要ですが、それと同じぐらい新しい技術の発見・開発が重要だと思うのです。もちろん、京都議定書の中にも技術レベルの向上は織り込まれていますが、あまりにも政治的なイベントになりすぎてしまっている感があります。


 日本が持っている環境技術は世界的に見てもレベルが高い位置にあります。是非ともその技術を地球レベルでの環境問題の解決に使えるよう、日本は国を挙げて努力していくべきだと思います。持続可能な社会の確立=経済と環境の両立は21世紀の大きなテーマですし、日本が持てるアイデンティティの一つだと考えています。


 少し関連する話で、先日、世界気象機関(WMO)は2006年の世界の平均気温は1861年以降6番目の高さになりそうと発表しています。(ちなみに1−5位は1998、2005、2003、2002、2004年)ここ数百年のレベルでは確実に地球の温暖化は進行していそうです。ただ、その進行速度感や影響範囲、真の原因も探れていないのが実情だと考えています。そういったことの把握も必要かもしれません。(ただ二酸化炭素の削減はもう行わなければいけないレベルと考えています)


【科学メモ】

  • 以前、地球温暖化はオゾン層破壊が原因?でも触れましたが、オゾン層破壊と地球温暖化に直接の関連はありません。
  • また、南極と違い北極の氷が融けることによる海面上昇の影響は限られています。なぜなら、北極は陸地が無く氷は海の上に浮いているからです。(←グラスの氷が融けても水量があまりふえないのと同じです。)
  • 海と氷では太陽光の反射率が違うので、北極の氷の面積が減ることにより、海が太陽光をより多く吸収することで地球温暖化を促進させてしまうことがあるようです。
  • WWFのレポートによると北極の氷が少なくなること自体がホッキョクグマの絶滅に関係しているので、氷が無くなる以前に絶滅してしまうかもしれないとのことです。(→WWF:温暖化に追われる生きものたち

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